日立市十王町長者山遺跡の説明会

はたして長者山遺跡は駅家跡なのか?

駅家が確実視されている小犬丸遺跡の例

古代官道の駅家遺跡として兵庫県竜野市の小犬丸遺跡(山陽道の布施駅家)が駅家跡として確実視されています。小犬丸遺跡は古代山陽道に面し古瓦が出土していて発掘調査で瓦葺建物で構成された駅館院(やっかんいん=駅家の中心的施設)跡が明らかになっています。駅館院は80m四方の瓦葺築地塀で囲まれ、その中に正殿を含む七棟の瓦葺礎石建物が検出され、瓦葺、赤塗り、白壁など文献資料を裏付けるという特徴がありました。そして小犬丸遺跡が布施駅家であることを決定付けたのは駅館院の東方約200mの地点で、雑舎群と考えられる掘立柱建物跡などと共に見つかった井戸付近から「布施駅」と書かれた木簡及び「駅」「布施井辺家」と書かれた墨書土器が出土していることです。

小犬丸遺跡と長者山遺跡を比較してみる

古代道の駅家について文献資料や調査の事例は少なく、分からないことは多いので一概に小犬丸遺跡と長者山遺跡を比較することは難しいことです。そもそも東日本の古代駅家がどのような特徴があるのかも定かでなく、単独で駅馬の乗り継ぎ施設と捉えること自体にも無理があるのかも知れません。もう少し幅を持たせた複合的官衙とみる考え方も指摘されています。また駅制の機能が衰退後に別の機能を持った施設へと変わっていることも大いに考えられます。

長者山遺跡の道路遺構は幅が約6mの道路であることが調査により分かっています。この道路遺構は大型溝跡の西側でのみ権幅が18mと広くなっているのが確認されました。もし仮に大型溝内が山陽道駅家跡で確認されている駅館院(やっかんいん)と同等の施設であるとするならば、小犬丸遺跡(布施駅家)でも同様に駅館院施設に沿う道路部分が6mの山陽道の倍の18mになっていた例と合致することになります。

長者山遺跡の大型溝跡は西側のみが長さが確認でき、その部分では一町(約109m)ほどの長さがあります。大型溝の東側は確認されていないので大型溝に囲まれた全体像は分かりませんが、この大型溝内が駅館院とするならば大型溝内の建物跡はどのような性格が考えられるのでしょうか。小犬丸遺跡に代表される山陽道の駅家は瓦葺建物であったことが資料や発掘調査で分かっていますが、長者山遺跡の建物跡は瓦葺ではないことが考えられています。今のところは礎石建物跡から炭化米が出土していることなどから倉庫群とみるのが妥当のようです。

長者山遺跡では小犬丸遺跡の駅館院内で確認されている正殿やコの字型の建物配置などは今のところは確認されていないようです。大型溝内(駅館院と想定して)への門はどのような構造で何処にあったのか、南辺調査区36・37で確認された第25号建物跡は区画大溝内への門跡の可能性も考えられるのかが注目され今後の調査に期待したいものです。

長者山遺跡で見つかっている建物跡には厨房・駅楼・厩舎など駅家施設に関連した建物跡はないのか検討したいものです。また山陽道の駅家は駅館院と雑舎群という二重構造で成り立っていたといいますから、大型溝跡の外にも駅家の施設に関連した建物や井戸のような遺構が今後の調査で発見されることが期待されます。

愛宕神社境内「椎」
日立市指定天然記念物

東日本における古代道駅家跡はまだ見つかっていない

参考に、現在までに確認されている東日本での古代道駅家に関連した可能性のある遺跡を幾つか挙げておきます。

岩手県北上市の新平遺跡 陸奥国磐基駅の可能性
栃木県大田原市小松原遺跡 下野国磐上駅の駅戸集落の可能性
栃木県那須烏山市の長者ヶ平遺跡 下野国新田駅の可能性
栃木県上三川町・宇都宮市の上神主・茂原遺跡 下野国田部駅の可能性
栃木県岩船町の畳岡遺跡 下野国三鴨駅の可能性
茨城県笠間市の東平遺跡 常陸国安侯駅の想定地
茨城県水戸市の大串遺跡 常陸国平津駅の想定地
茨城県水戸市の田谷遺跡 常陸国河内駅の想定地
群馬県太田市の入谷遺跡 上野国新田駅の可能性
以上、『遺跡からみた古代駅家』日本史リブレット69 木本雅康を参照

上記の遺跡中で注目されるのが栃木県那須烏山市の長者ヶ平遺跡です。推定東山道に近接して遺跡があります。付近には「厩久保」「馬場ヶ平」の小字地名もあり、遺跡からは炭化米が出土し長者伝説もありました。発掘調査の結果、南北220m、東西350m以上の政庁・倉庫群からなる遺跡であることから駅家施設としては規模が大き過ぎるため芳賀郡衙の別院説が考えられていました。これについて木本氏は発掘調査で確認されているⅠ期の遺構が初期の駅家施設で、その後施設はコの字型に拡大整備され、さらに郡衙の別院を置く必要が生じ、駅家の地に複合する形で正倉別院を設置したのではないだろうかと想像しています。

最後に

長者山遺跡が古代官道の駅家跡なのか、そうでないのかという結論を出すには現時点では難しくまだまだ調査が必要な段階だと思います。ただ発掘調査の結果から古代官道沿いに設けられた官衙的な施設跡である可能性は高いと考えられます。今後も引き続いて調査が行われることを願います。

参考文献

『日本の古代道路を探す』平凡社新書 中村太一
『遺跡からみた古代駅家』日本史リブレット69 木本雅康
『古代を考える 古代道路』吉川弘文館 木下 良
『月刊考古学ジャーナル12』No.566,2007 古代道路跡と藻島駅家跡比定地の調査 片平雅俊
『古代のみち ー常陸を通る東海道駅路ー』上高津貝塚ふるさと歴史の広場 第12回特別点

 


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