ー 遺物ー
各遺構から遺物が出土しています。遺物は遺構の時期を明らかにする重要な手掛かりとなります。今回はこれまでの調査で出土した重要かつ特徴的な遺物を紹介します。長者山遺跡では同時期の一般的な集落跡と比較すると遺物の出土量が極めて少なく、この遺物量は遺跡の性格を反映していると考えられます。駅家をはじめ役所機能がある施設は日常生活の場ではないため日常雑器が少ないとされ、出土遺物が少ない長者山遺跡は、役所機能をもつ公的な施設跡であった可能性が高いと考えられます。
土師器(はじき)
古墳時代以降の素焼き土器のことです。赤褐色や暗褐色を呈します。内側が黒色の土器は「内黒土器」と呼ばれ水漏れ防止のため炭素を吸着させた土器です。
須恵器(すえき)
古墳時代中頃(5世紀)に大陸の陶工技術の導入により発達した土器のことです。窖窯(あながま)により還元焔で焼成され灰色などを呈し、質も比較的堅い特徴があります。窯跡は大阪府陶邑古窯趾群(すえむらこようしぐん)を中心として、各地に所在します。茨城県内では土浦市新治窯跡群(にいばりかまあとぐん)、水戸市木葉下窯跡群(あぽっけかまあとぐん)が大規模な須恵器窯跡として知られています。
灰釉陶器(かいゆうとうき)
陶器の一種で、草木を焼いた灰を水で溶解し、釉薬(ゆうやく)としてかけて焼いた土器。中国製の磁器などを模した碗・皿・合子・壺・瓶類などが作られ、濃尾地方を中心に発達しました。主に奈良・平安時代の役所や寺院で使われています。
墨書土器
土師器や須恵器などに墨書によって文字や記号が書かれているものです、文字は地名や人名、建物などを示します。出土した須恵器杯に「髙幡満(たかはま)」 と記されたものがあります。「髙」は「多珂郡」の「タカ」である可能性があるそうです。当時は文字の意味よりも音を重要視したため、同じものを示す場合で も異なる漢字を使う場合があったようです。この墨書土器は9世紀前葉と推定されています。他にも5つの墨書土器が展示されていて、「木口夲」と記されたも の(これも地名の可能性があるようです)、梵字が記されたものなどがありました。
硯(すずり)
役人が使用する道具(水滴・刀子・砥石・木簡など)のひとつで、文書行政に欠かせないものです。展示されていたものは円面硯で古代の硯の代表的なものです。
炭化物
炭化物は「イネ」の塊で、穎・胚乳が方向を揃えて炭化していました。したがって、稲穂の状態で炭化したと考えられ、これが出土した礎石建物跡(第2号建物跡)はイネを稲穂の状態で収納した倉の可能性が考えられます。放射性炭素年代測定の結果によりますと、暦年較正値で7世紀末~9世紀初頭でした。
瓦
長者山遺跡ではほとんど瓦が出土していませんので、建物の屋根は瓦葺きではなかったと考えられます。僅かに布目を持つ平瓦片が出土しています。
鞴(ふいご)の羽口
鞴とは溶銅や溶鉄の際に強風を送るための施設のことです。皮袋に細い穴をあけ、それをふんで風を吹き出し、細い穴の部分には粘土で円筒状のものをつくり、これを羽口と言います。







